大判例

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東京高等裁判所 平成9年(ネ)1789号 判決

控訴人

石沢商事株式会社

右代表者代表取締役

石沢忠志

控訴人

有限会社折戸や

右代表者取締役

折戸シズ

控訴人

株式会社サンワ

右代表者代表取締役

三橋洋夫

控訴人

タカウ株式会社

右代表者代表取締役

高野文雄外川六郎商店こと

控訴人

外川六郎

控訴人

株式会社中徳防水布店

右代表者代表取締役

中川康平

控訴人

新潟アサヒ販売株式会社

右代表者代表取締役

古賀廣重

控訴人

山三商事株式会社

右代表者代表取締役

巻渕哲郎

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

原和弘

被控訴人

甲野太郎

被控訴人

乙川花子

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

今井敬彌

主文

一  原判決中、控訴人有限会社折戸や、控訴人株式会社サンワ、控訴人タカウ株式会社、控訴人外川六郎、控訴人株式会社中徳防水布店及び控訴人山三商事株式会社の敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らは、各自、控訴人有限会社折戸やに対し一四万八六六八円、控訴人株式会社サンワに対し一一八万五九三四円、控訴人タカワ株式会社に対し八四万四一五三円、控訴人外川六郎に対し八万六三〇九円、控訴人株式会社中徳防水布店に対し一〇万〇二〇九円及び控訴人山三商事株式会社に対し六八万八五五四円並びに右各金員に対する平成七年六月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原判決中、控訴人石沢商事株式会社及び控訴人新潟アサヒ販売株式会社に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは、各自、控訴人石沢商事株式会社に対し五五万一七五六円及び控訴人新潟アサヒ販売株式会社に対し一六万〇二七九円並びに右各金員に対する平成七年六月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  控訴人石沢商事株式会社及び控訴人新潟アサヒ販売株式会社のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人石沢商事株式会社及び控訴人新潟アサヒ販売株式会社と被控訴人らとの間では、右控訴人らに生じた費用の三分の一を被控訴人らの負担とし、その余を各自の負担とし、その余の控訴人らと被控訴人らとの間では、全部被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、各自、控訴人石沢商事株式会社(以下、当事者の表示中、株式会社と有限会社の記載を省略する。)に対し七七万一二七〇円、控訴人折戸やに対し一四万八六六八円、控訴人サンワに対し一一八万五九三四円、控訴人タカワに対し八四万四一五三円、控訴人外川六郎に対し八万六三〇九円、控訴人中徳防水布店に対し一〇万〇二〇九円、控訴人新潟アサヒ販売に対し三〇万〇〇六三円及び控訴人山三商事に対し六八万八五五四円並びに右各金員に対する平成七年六月一九日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

第二  事実の概要

一  本件は、各種履物などの卸販売を業とする控訴人らが、丸田屋ゴム皮百貨店の商号で各種履物の小売店舗(原判決にいう「丸田屋」)を自営していた甲野太郎(原判決にいう「太郎」)の代理人であった甲野一郎(原判決にいう「一郎」)に売り渡した履物等の売売代金について、太郎の相続人である被控訴人らに対してその支払を求めている事案であり、原審は、右売買代金は太郎を殺害した一郎が丸田屋の商号を使用して自ら営業を行った取引に係るもので、営業の主体は一郎であるとして、控訴人らの請求を棄却した。

二  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一、二、一一ないし一七)により容易に認められる事実は、原判決において前提となる事実として摘示した事実(原判決五頁一行目から一一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁三行目及び六行目の「甲野」をいずれも「甲野」に改める。

三  争点及びこれについての当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決摘示(原判決五頁一二行目から九頁五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人の当審における付加的主張)

1 商法五〇六条の趣旨は、商取引の安全とともに、本人の死亡という突発的事態に対して、本人の承継人のために企業の維持を図る必要に基づくものと解されるから、本人の死後、企業が相続人によって維持されることがその適用の前提となる。ところが、本件においては、太郎の死後、丸田屋の営業がその子である被控訴人らに承継されたという事実はないから、商法五〇六条の適用の余地はない。

2 また、本件においては、営業主である太郎は、自己の意思で死亡したのではなく、店員である一郎によって殺害されたのであるから、その瞬間から太郎は商人ではなくなり営業を廃止しているのであって、商法五〇六条の適用はない。

3 本件のような殺害による死亡という重大事象の場合にまで営業主の相続人の不利益に優越して取引の安全だけを優先させるという法理はとるべきではない。

4 控訴人らが本件で請求する売掛代金は、いずれも、一郎が太郎の死亡後に独自にした自らの借金であって、被控訴人らに請求することは筋違いである。

第三  争点に対する判断

一  一郎、太郎及び被控訴人らの関係、一郎が太郎の営む丸田屋の営業活動に関与し、控訴人らとの取引を行った経緯については、原判決説示(原判決九頁七行目から一三頁九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決一〇頁一一行目の「店にも」の前に「釣行や湯治のため、」を加え、一一頁二行目から三行目の「八七〇万円」を「二五〇〇万円」に改め、同八行目の「平成二年」を「平成元年」に改め、一二頁末行から一三頁一行目の「別紙取引内訳表記載のとおりの」を削り、同頁四行目の「甲野」を「甲野」に改める。

二  一郎の代理権について検討する。

1  右に引用した原判決認定の事実によれば、太郎は、各種履物の小売を業とする商人であるところ、遅くとも昭和六三年ころには、甥である一郎に対し、その営む丸田屋の営業に関する代理権を与え、一郎は、右代理権に基づき、控訴人らから商品の仕入れを行っていたものである。そして、一郎は、太郎を殺害した平成二年六月一八ないし二〇日ころ以降も、太郎の殺害を隠匿するため、その内心の意思はともかくとして、対外的には、太郎が未だ生存しているように装い、したがって、丸田屋の営業主である太郎のためにする意思を明示又は黙示に示して、控訴人らから商品の仕入れを行なっていたものと解される。

2  ところで、民法一一一条一項一号によれば、代理権は本人の死亡により消滅すると規定されているのに対し、商法五〇六条は、その特則として、商行為の委任による代理権は本人の死亡によって消滅しないものと規定しているところ、その趣旨は、営業主である商人が死亡しても、その営業が当然に廃止されるわけではないのに、民法の原則を適用して本人の死亡により代理人の代理権がすべて消滅するとすると、あらためてその継承人からの授権行為を必要とすることになるが、これでは継続的で敏速な企業活動が阻害されるなどの不都合がある一方、取引の相手方にとっても、商人本人が誰であるかというよりは商人の営業に重きをおいて取引を行っているのが通例であるのに、営業主である商人本人の死亡という偶然で、時として外部の者には容易には知りえない事柄によって代理人の代理権が左右されるとするのでは、取引の安全が著しく妨げられることから、企業の便宜と取引の安全のために、民法の特則が設けられたものと解するのが相当であり、なお、ここにいう商行為の委任による代理権とは、商行為である授権行為により生じた代理権と解される。

したがって、相続人がいないため、本人の死亡によってその地位を継承する者がいないとか、本人の死亡以前にその営業が廃止されているというような事情のないかぎり、商行為による代理人は、本人の死亡後も、その相続人の代理人として、引き続き代理権を有するものと解されるところ、本件においてはそのような事情も認められないから、商人である太郎が一郎に対して丸田屋の営業に関して付与した代理権は、その死亡によっても消滅せず、太郎の死後は、その相続人である被控訴人らの代理人となるものというべきである。被控訴人らは、太郎が自らの意思によらずに死亡したことによって、丸田屋の営業が廃止されたとの主張をするが、そのように解すべき理由はなく、採用することができない。

3 被控訴人らは、被控訴人らには太郎の営業を継承し継続する意思がなく、太郎の死亡後は丸田屋の営業は断絶しており、太郎の殺害後は一郎が丸田屋の商号を使用して自ら営業を行っていたから、商法五〇六条の適用の前提を欠くと主張する。

しかしながら、被控訴人らが商人である太郎の相続人としてその債権債務一切を承継する以上は、併せてその企業体としての営業も継承したものというべきであって、被控訴人らが太郎の死亡後に実際にその営業を承継し継続する意思があったかどうか、また、現実に営業を承継したかどうかには係わらないものというべきである。さらに、太郎の死亡後、その相続人が営業を承継し継続する意思がなく、かつ、現実に営業を承継していないというだけでは、丸田屋の営業が断絶したと認めることはできないのであり、かえって、一郎は、その内心の意思はともかくとして、対外的には太郎のためにする意思で従前どおり丸田屋の営業活動を継続していたことは前記認定のとおりであるから、被控訴人らの右主張は採用することができない。このように解すると、予期しない商人の死亡により、その相続人が自らは関与していない債権債務関係を承継することになり、一見不当であるようにみえるが、その継承を希望しない相続人は、相続を放棄しさえすれば(本件のように、死亡の事実が数年後明らかなった場合には、その時点から三か月以内に相続放棄の手続をとることによって)、それらの法律関係から解放されるのであるから、特別に不都合があるとはいえず、逆に、取引の相手方にとっては全く面識もない相続人の営業継承の意思の有無によって代理人の代理権が左右されるというのでは、取引の安全が害されることとなり、著しく不都合であることは明らかである。

さらに、被控訴人らは、本人である太郎の死亡原因が代理人である一郎による殺害によるものであって、そのような反社会的な行為により死亡という結果を招来した場合に、一郎の行った取引について商法五〇六条の恩恵を与えることは信義誠実の原則に反することか、本件のような殺害による死亡という重大事象の場合にまで取引安全の法理を優先させるべきではないと主張する。

たしかに、被控訴人らにとっては、父親である太郎を殺害された上、さらに、その後加害者によって継続された取引上の債務の支払まで義務付けられる結果となり、これを拒む心情も理解できないではないが、しかし、一方、控訴人らには全く過失はなく、丸田屋の営業と信じて取引してきたのであり、控訴人らにとっては、営業主の太郎が死亡したことを知らされていない以上、その死亡の原因が殺害という反社会的な行為による場合と、通常の病死や老衰などの自然死の場合とで何ら事情は変わらないこと、他方、前述のとおり、平成六年五月下旬、太郎の殺害の事実が明るみに出て、被控訴人らは自己のために相続が開始したことを知った時点で、太郎の営業上の債権債務を含む遺産の相続につき、承認、放棄、あるいは限定承認の選択権が与えられていたのであり、被控訴人らの意思で相続を承認した以上は、それによる危険を負担することになったとしても止むをえないと解されることなどに照らせば、被控訴人らの主張は採用することができない。

4  したがって、一郎は、太郎死亡後も引き続き、その相続人である被控訴人らの代理人として、丸田屋の営業に関する代理権を有していたものというべきである。

三  次に、控訴人らの売掛代金について検討する。

証拠(枝番を含む甲三ないし一〇、二一ないし三二、原審証人五十嵐海爾、同高橋勲夫、同小林永義、同小林隆二、原審における控訴人石沢商事代表者、同控訴人タカウ代表者、同控訴人外川六郎本人、同控訴人中徳防水布店代表者)によれば、控訴人らは、原判決別紙取引内訳表記載の取引期間内に、同表記載の取引商品を売り掛け、少なくとも同表記載の残代金の金額の売掛代金債権(ただし、控訴人石沢商事は一一〇万三五一二円、控訴人新潟アサヒ販売は三二万〇五五八円)を有していることが認められる。なお、控訴人石沢商事及び控訴人新潟アサヒ販売は、右金額を超えて、原判決別紙取引内訳表記載の残代金額の債権を有すると主張するが、同表記載の取引期間中に、それ以前の取引による繰越金額があるとはいっても、右認定の金額を超えて商品を売り渡したと認め得る的確な証拠はない。

なお、被控訴人らは、右債務は、一郎が太郎の死亡後に独自にした自らの借金であると主張するが、以上の説示に照らし、採用することができない。

四  結論

以上の認定によれば、控訴人折戸や、控訴人サンワ、控訴人タカウ、控訴人外川六郎、控訴人中徳防水布店及び控訴人山三商事の本件請求はいずれも理由があるから、これを棄却した原判決を取り消してこれを認容することとし、被控訴人ら各自に債権額の各半額の支払を求める控訴人石沢商事の請求については各自五五万一七五六円、控訴人新潟アサヒ販売の請求については各自一六万〇二七九円とこれに対する履行期の後である平成七年六月十九日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決をその旨変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥山興悦 裁判官都築弘 裁判官佐藤陽一)

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